蝉の抜け殻が落ちていて、子どもがそれを拾って、じっと見つめていました。
「これなあに。」
「蝉の抜け殻。」
「飛ぶ?」
「ううん。飛ばない。生きてるわけじゃないから。」
「生きてたら、飛ぶ?」
「え?」
その時突然に、まぶしい光をさえぎる森の中で、この「抜け殻」 の主の姿が、いきいきと浮かび上がったのです。
そして、力の限りの、あの蝉時雨の中に、抜け殻の主の鳴き声を、ひときわ鮮やかに聞くような、そんな気がしたのです。
抜け殻は、その声にじっと耳をすませていました。
自分を脱ぎ捨てて飛び立っていった、
あの、余命いくばくも無い、蝉の声です。